生きている牛乳の作り方

 

 みんなの牛乳はいきている牛乳です。牛乳が本来もっている、乳酸菌やタンパク質がいきているからです。病原菌は確実に殺菌するけれども、生乳に含まれる乳酸菌やタンパク質を活かす、このバランスのとれた殺菌方法がパスチュアライゼーション(低温殺菌)です(下の図「国際乳業連盟(IDF)による牛乳の分類」参照)。
 栄養価の高いパスチュアライゼーション牛乳(パス乳)が日本でほとんど飲まれていないのは、なぜでしょうか。超高温殺菌すれば、牛乳のほぼすべての菌が死滅しますので、原料乳が菌でかなり汚れていたとしても、ほとんど問題になりません。一方、パス乳の場合、きれいな原料乳からつくることが強く要請されます。牛乳メーカーの取り組み姿勢によるのではないでしょうか。
 東毛酪農は「パス乳を飲みたい」との消費者の要望に応え、きれいな原料乳づくりに取り組んでいます。「牛の乳房を拭いたタオルで自分の顔が拭ける」を合い言葉に、清潔な環境で牛乳を搾っています。乳脂肪を細かく砕かない(ノンホモジナイズド=下の説明参照)製法は、胃の中でゆっくりと吸収され、胃腸に優しいと評判です。利根川河川敷で育った無農薬の野草を与えるなど、安全な餌づくりにも取り組んでいます。東毛酪農は「安全でおいしいノンホモ・パス乳を飲みたい」との消費者の要望に応えるため、日々、努力しています。


 東毛酪農の取り組み

 安全な餌づくり

 ● 無農薬で育った利根川河川敷の野草を粗飼料に
 ● 粗飼料の自給率約7割、関東でトップクラス
 ● NON-GMO(遺伝子組み換え飼料を使用しない)

 きれいな原料乳づくり(清潔な飼育・搾乳で)

 ● 原料乳の独自基準:細菌数1CCあたり1万以下
(日本の乳等省令:殺菌後の牛乳製品:細菌数1CCあたり5万以下)
 ● 生産者限定(8戸に限定した生乳を使用)
 ● 乳房と乳頭をきれいに
 洗浄用のお湯を4倍に、乳房を拭くタオルの取り替えをこまめに
 合い言葉「全部の牛の乳房を拭いたタオルで自分の顔が拭ける」
 ● 牛のブラッシングも励行
 ● ミルカー(搾乳機)の洗浄も丁寧に

 適切な製造方法の採用

 ● パスチャライズ(低温殺菌)
 ● ノンホモジナイズド(脂肪球を砕かない)


 国際乳業連盟(IDF)による牛乳の分類


牛乳分類図

パスチュアリゼーションにおける牛乳の変化

パスチュアリゼーションにおける牛乳の変化
正しいパスチュアリゼーションの範囲はグレーの部分
(ノースの図より作成)

世界初の消化吸収に関する生体実験

西ドイツ国立酪農研究所が1984年に実施

牛乳1.5リットルを飲ませて30分が経過した
ミニ豚の胃の中の様子。

パス乳を飲ませた豚とUHTを飲ませた豚の胃の比較写真

 ノンホモ・パス乳を飲ませた胃   UHT乳を飲ませた胃

左の胃のノンホモ・パス乳は大きく固まり、胃の中でゆっくりと消化されていく。一方、UHT乳はあまり固まらず腸へと速く流れる。出典:H.Maisel & H.Hagemeister, Milchwissenschaft 39(5),1984.

 上記のようなノンホモ・パス乳とUHT乳の消化吸収の違いは、タンパク質(左下図)、カルシウム(右下図)の時間推移でも確認されている(小寺とき「おいしくて安全な牛乳の選び方」岩波ブックレット、21-22頁)。

ノンホモ・パス乳とUHT乳の消化吸収の違い、タンパク質図とカルシウム図

 パスチャライズド牛乳(パス乳)とは

 パス乳とは、フランスの有名な細菌学者ルイ・パスツールが考えた食品の殺菌方法を牛乳に応用してつくったものなのです。食品を加熱殺菌する場合、その食品の成分や機能をできるだけ損なわずに病原菌を死滅させるための処理温度や処理環境が食品ごとに検討されてきました。パスチュアリゼイションは、パスツールから100年たった現在でも食品に関しては理想的な熱殺菌方法として認められています。(小寺とき「本物の牛乳は日本人に合う」農文協)


 ノンホモジナイズド

 ホモジナイズドの意味は均質にすること。牛乳の生産では、原乳に含まれる脂肪を細かく砕き、均質にすること。「ノンホモジナイズド」牛乳は、牛乳の脂肪分を砕かない、絞ったままの牛乳である。
 日本で市販されている牛乳の9割は120度を超える超高温で殺菌している。この超高温殺菌法では、牛乳の脂肪分が熱で固まり、熱で固まった脂肪分で製乳機の配管が詰まってしまうことから、あらかじめ、脂肪を細かく砕く(ホモジナイズド)する必要がある。
 一方、みんなの牛乳は、脂肪分を砕いていない(ノンホモジナイズド)。静置しておくと、脂肪分が浮いてきて「天然の生クリーム」の層ができる。この生クリームの層をクリームラインと呼んでいる。生クリームは、コーヒー用の天然生クリームとして味わうことができる。また、みんなの牛乳を10分から30分振ると、脂肪分と水分が分離して、家庭でバターをつくることができる。クリームラインの形成は繊細で、63度以上の熱を加えると、形成されない。
 みんなの牛乳を飲んだ人々から「この牛乳なら、おなかが痛くならない。下痢をしない。アトピーが出ない」などの反響が数多く寄せられている。みんなの牛乳は、アレルギーを引き起こすスイッチ(抗体と結合する突起「抗原決定基」)がカゼインミセル(タンパク質が結合した状態)の中に包み込まれているため、おなかをこわすことがないと推論されている。カゼインミセルに包まれた牛乳の栄養源(機能性タンパク質やカルシウムなど)は、ほぼ原型のまま胃の中に入り、胃の中で固まり、ゆっくりと消化吸収される(「ミニ豚の胃の様子」参照)。
 一方、脂肪が小さく砕かれると(ホモジナイズド)、1)脂肪球の表面積が大きくなる、2)小さな脂肪球が再び凝集し大きなタンパク質に変わる、3)この巨大タンパク質は、アレルギーを引き起こすスイッチが表面に多く出ているため、アレルギー反応を起こす人が少なくない。

 

 

  フレッシュミルクを広めよう

若林元城
(東毛酪農の元獣医師。みんなの牛乳勉強会の創立者小寺ときさんと二人三脚でノン・ホモパス乳の普及に尽力。東毛酪農を定年退職し現在は牛乳アドバイザーとしてフレッシュミルクの普及に尽力している)
2014年11月14日

  海外から東京オリンピックに参加した選手が日本の牛乳を飲めなかった

  2020年に東京オリンピック・パラリンピックが開催されることになりました。私は前回の1964年東京オリンピックの年に東毛酪農に就職しました。10月10日の開会式の日は、根利牧場に1週間泊まり込んで放牧牛の越冬用の干し草作りを手伝っていました。テレビで東京オリンピック開会式の青空が映し出されると50年前の根利牧場で見た真っ青な空が懐かしく思い出されます。
  後年、この時のオリンピックにまつわる話として、東毛酪農が低温殺菌牛乳の指導を受けた藤江才介先生から思いもよらなかった話を聞きました。前回の東京オリンピックでは世界中から沢山の選手が集まりましたが、その選手たちの多くが日本の牛乳が不味くて飲めないので困っていたと話されていました。東京オリンピックの頃、藤江先生は日本を代表する乳業メーカーで生産部門の指導的な立場についていました。昭和5年にデンマークに行って乳業の勉強をしてきた先生は、帰国後、日本で流通している超高温殺菌の市販牛乳が「おいしくない牛乳」であることに心を痛めていたそうです。オリンピックで来日した世界中のお客様から“日本の牛乳はおいしくない”と云われて乳業の技術者として本当に恥ずかしい思いをしましたと顔をしかめて話されていました。
  欧米の先進国と云われる国では超高温殺菌牛乳は保存用と位置付けられていて、これを市乳として飲んでいる国はありませんよと云っていました。気位の高かった先生は実際にご自身でも日本に帰ってきてからは自社の牛乳は超高温殺菌だったので飲まなかったそうです。

 未熟だった日本の酪農

  低温殺菌牛乳は原料乳が細菌数の少ないキレイな乳でなければ作れません。然し当時の日本の酪農は未熟だったので原料乳の質が悪くて(細菌数が多い汚れた乳)正しい低温殺菌牛乳がつくれなかったのです。
  私が東毛酪農に入った1964年当時は組合では未だ牛乳工場を持っておらず、酪農家から集めた牛乳をタンクローリーで東京の大手メーカーの牛乳工場に出荷していました。工場から帰ってきた受け入れ伝票に細菌数∞(無限大)と書かれていることもありましたが、その牛乳が一度も返品されてきたことはありませんでした。今でもあの時の牛乳は何処へ行ってしまったのだろうと思うことがあります。
  この様な原料乳では当時の乳業メーカーが超高温殺菌牛乳を選択したのは正しかったのかもしれません。

  日本のフレッシュミルク「みんなの牛乳」誕生

  それから約20年後、乳質を良くすれば欧米と同じフレッシュミルク(低温殺菌牛乳、パスチャライズ牛乳Pasteuraized Milk)が作れるという藤江先生の指導を受けて「みんなの牛乳」が誕生しました。
  みんなの牛乳ができてからは藤江ポストとして週1回の共同購入に参加していただきました。当時は1回24本以上の配送がポストの条件でしたが、先生の所はご家族が少なかったので特別に週1回6本だけで届けていました。みんなの牛乳の品質テストもしていただいていたのです。
  先生には月に一回は東毛に来ていただいていましたが、先生のご都合の悪い時は私が九品仏(世田谷区)のお宅を訪問してクリームラインの出方や、パステライザー(保持式殺菌器)の殺菌温度、保持時間、原料乳の輸送方法、原乳の生菌数などの報告をして改善点の指導をしていただいていました。
  応接室の書棚から分厚い専門書をとりだして必要な所をコピーして詳しく説明して下さいました。乳業関係者でデンマーク語が分かるのは僕だけですよ、と話されていた時の得意顔を懐かしく思い出します。

  “青い草の香りのする牛乳”と称賛

  「みんなの牛乳」を飲み始めた先生は、“30年ぶりに牛乳を飲んだ、この牛乳ならヨーロッパでも通用するおいしさだ”と話されていましたが、私はヨーロッパ(以下EU)の牛乳より遥かにおいしいと自信をもっていました。
  EUの国々では夏場は放牧している所が多いので牛は青草を沢山食べています。大量の青草を食べた牛の乳は当然青臭くなります。
  干し草を沢山食べたみんなの牛乳のような香ばしさがありません。
  以前、みんなの牛乳を共同購入していた「イギリスはおいしい」の林望先生が週刊文春に「みんなの牛乳」を大きな写真入りで紹介してくれたことがありました。写真の横の大きなタイトルは“青い草の香りのする牛乳”でした。
  とてもうれしかったのですが、販売部長だった私は正直少しだけ複雑な気もしていました。ごく少数ですがニオイに敏感でこの香を青臭いと云って嫌う人がいるのも事実なのです。
  私の数少ない経験ではEUのパスチャライズ牛乳より東毛のみんなの牛乳の方が断然おいしく感じます。
  以前、フランス農務省の方がカマンベール村の村長さんを連れて東毛酪農に視察に来たことがありました。その時の話ですがカマンベール村の村長さんはカマンベールチーズはウチの村のカマンベールの方がおいしいが、牛乳は東毛の「みんなの牛乳」の方が断然おいしいと真顔で話された時には私はすかさず「そうでしょう」と言ってしまいました。

  成田空港のラウンジでの出来事

  日本を除く先進国では市販の牛乳(家庭で飲む)は普通、フレッシュミルクと呼ばれています。パスチュアライズドミルクpasteurized milkともいいます。フレッシュミルク以外の飲む牛乳はUHT Milk又はSterilized Milkとハッキリ表示されていて主に保存用に利用されています。パックの内側はアルミ箔になっていて長期保存を目的に作られています。

  こんなことがありました。   2007年にベルギーへ行ったときのことです。   成田空港のラウンジのメニューにフレッシュミルクと書いてあったので早速注文してみました。コップに入って出てきたミルクは真っ白です。やっぱり、と思って飲んでみると加熱臭とネバネバが感じられてハッキリと超高温殺菌だとわかります。   係りの女性を呼んで“これはフレッシュミルクじゃないよ”と言ってみました。
  やさしく云ったつもりなのに女性は驚いたような顔をして調べてきますと云って厨房へ駆け込んでいった。すぐに戻ってきた女性は、確認してきましたがこれは新しい牛乳ですとニコニコ顔でした。やっぱり知らないんだ。
  私は落ち着いた口調で、日本では製造日が新しければフレッシュミルクと云っているけどこの牛乳は超高温殺菌牛乳で日本以外の先進国ではフレッシュミルクとは言っていませんよ、いくら製造日が新しくてもこれは昨日作った缶詰ミルクなのですよ、国際線のラウンジでこれをフレッシュミルクで出すのはマズイんじゃないのと少し語気を強めてみた。女性はまた驚いたような顔をしたが丁度数人のグループが入ってきたので失礼しますといって席を離れた。

  オランダ、ベルギーでは美味しいフレッシュミルクが味わえる

  暫くすると又私のテーブルに戻ってきて、先ほどの牛乳の話を聞かせて欲しいという。フレッシュミルクと日本のUHTミルクの違いを簡単に説明したら大きく頷いて、ありがとうございました、やっと分かりましたと丁寧に頭を下げた。彼女は今まで欧米の子供連れの女性からフレッシュミルクをオーダーされて持ってゆくと、それを飲んだお客さんからもの凄い剣幕で怒られる事が時々あって何を怒られているのかさっぱり分からなかったが、この事だったのですねと何度もうなづいていた。ラウンジでサービスを受けるようなクラスに乗ってくる人たちに日本のUHTミルクを飲ませたら怒られるのは当然でしょう。
  日本にも良いフレッシュミルクがありますからシェフに渡しておいてくださいと名刺をおいてきたが何も連絡はなかった。
  その飛行機は成田→台北→バンコク経由でオランダに行った。
  台北、バンコク間の牛乳は脱脂粉乳を還元したLLだった。バンコク、オランダ間はやはり還元乳だったがこれは全脂粉乳でさらにまずかった。両方とも日本のメーカーの製品だった。
  帰路、オランダから出発した飛行機ではおいしいフレッシュミルクだった。
  ベルギーで5泊したがどのホテルでもおいしいフレッシュミルクが用意されていた。